テレビや新聞、ラジオなどを通じて私たちは、政治や事件、事故などについて、さまざまな情報を知ることができます。
そして現代では、インターネットの普及により、さらに多くの情報を得ることができるようになりました。
知る権利とは?
「知る権利」とは、国民が政治や行政、事件や事故などの情報を、何からも妨げられることなく知ることのできる権利のことです。
憲法21条1項と知る権利の関係
憲法21条1項 条文
1項:集会、結社及び言論、出版、その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密はこれを侵してはおけない。
上記の憲法21条1項で、知る権利は保障されていますが、はっきりと記載されていません。ですが、裁判などで用いられる際には、これを根拠に説明されます。
21条の条文には、「表現の自由」という記載があります。
表現の自由とは、個人や団体(報道、出版、放送、映画など)好きな時に、好きな場所で、好きな方法で、好きな情報を外部に発信しても良いという権利です。
情報を外部に発信する者がいるということは、その情報を受ける者がいるということになります。そこで、情報の受け手側の立場から、「知る権利」という概念が生まれました。
つまり、知る権利は、表現の自由をもとに誕生した新たな権利です。
民主主義において重要な権利のひとつ
知る権利は、民主主義国家において重要な権利のひとつです。
民主主義とは、国政ではなく、国民が主権を持つことです。
国会議員や地方議員は、選挙によって選ばれます。選挙は民主主義に沿った方法であり、国民は選挙で選ばれた議員を通じて政治に参加し、権力を行使します。
このように国民が主権を持ち、政治に参加するには、その動きを知る必要があるために、知る権利は不可欠なものとなります。
アクセス権とは?
「アクセス権」とは、情報を受ける側が、送る側に対して自分の意見や主張を行う場の提供を求める権利のことです。
一般的に、情報の受ける側は一般人、送る側は報道機関という構図です。現在は、ネットの普及によって変わってきていますが、以前は「送る側」→「受ける側」への一方通行でした。
そのため、受ける側も情報を発信できるという権利を保証したものがアクセス権となります。
「報道の自由」と「知る権利」
国民が知る権利を行使するには、報道機関の役割は重要です。
なぜなら、政治などの情報を国民が知るためには、報道機関が発信する情報が不可欠なためです。国民の知る権利に奉仕するため、「報道の自由」という概念があり、憲法21条1項で保障されています。
報道の自由とは、報道機関が国民に対して新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などを通じて事実を伝える自由を保障しています。
また、報道機関がニュースを発信するためには、取材活動を行う必要があります。そのため、「取材の自由」という概念も存在します。
取材の自由
取材の自由とは、
前項の「報道の自由」は、憲法21条1項で保障されるものお伝えしましたが、比べて「取材の自由」について裁判所は、「憲法21条の精神に照らし合わせ、十分尊重する」と述べるに留まっています。
つまり、取材の自由は、憲法21条1項で無制限に保障されるものではありません。
では、どのような部分が制限されているのでしょうか?以下でご紹介します。
取材源の秘匿権
「取材の秘匿」とは、取材に際しての情報源(ニュースソース)である人物を特定できるような情報を他に漏らさないことを言います。
これは、取材を行い、情報を外部に発信する者として、厳守しなければならない事項です。
しかし、裁判の証人として出廷した記者が、情報源を証言することを拒絶したことについて、裁判所は「憲法21条1項は、証言の拒絶権まで保障していない」と述べています。
つまり、裁判にてニュースの情報源を求められた場合、証言を拒絶することは、取材の自由で保障されないということです。
また、裁判所がテレビ局に対して、取材フィルムを証拠としての提出を求めることは、「取材の自由」で禁止されることではなく、認められるとされています。
このように、取材活動で得た情報は無制限で自由になるものではなく、裁判所の要請などで自由が制限される場合もあります。
法廷内の筆記行為について
世間を騒がせた事件の裁判が行われると、ニュース番組などで報じられることがあります。
その際に、法廷内の様子を映像や写真ではなく、絵で伝える場面を見たことがある人も多いことでしょう。
これは、傍聴人が法廷内で映像や写真の撮影、音声のみの録音が禁止されているためです。しかし、紙とペンでの筆記行為(メモをとる)、絵を書く行為は認められています。
そのため、法廷画家と呼ばれる人が、裁判中の様子を絵に書き、記者はメモをとってニュース原稿に移します。
この行為を禁止することも「取材の自由」を制限することにあたり、不当であるとの見解も一部で挙がっていることが現状です。
ネットにおける「知る権利」
現在、インターネット上には多くの情報が溢れています。
この情報は人々の暮らしを豊かにする一方で、さまざまなトラブル発生にもつながっています。
例えば、過去に逮捕された人が、数年が経って出所し、更生してもなお、ネット上には逮捕された時のニュースが残ったままで、社会復帰に妨げるケースがあります。
これを巡って、過去に5年前に児童買春容疑で逮捕された人が、ネット上の逮捕歴の情報削除をGoogle社に求めた裁判がありました。
最高裁判所は、「検索結果は削除されない」という高等裁判所の決定を認めています。
その理由のひとつとして、「児童買春」という少年少女の成長に関わりる社会的影響が大きい罪での逮捕歴は、5年程度の時間の経過では、まだ世間がこの事件を「知る」必要があるという旨が含まれていました。
このように、現在のネット上では、「情報の削除」「誹謗中傷」と「表現の自由」「知る権利」が対立している構図があります。
他人の悪口を匿名掲示板やSNSに書き込む「誹謗中傷トラブル」については、被害者が「削除」を求めても、「表現の自由」を盾にサイト運営者が削除を認めないという問題があります。
ネットの普及によって、世間に情報を発信するメディアのあり方が変化しています。この中で、「知る権利」をはじめ、「表現の自由」「報道の自由」などの役割の変化にも注目が集まりそうです。