イニシャルや伏せ字での誹謗中傷は名誉毀損になるか?

イニシャルや伏せ字での誹謗中傷は名誉毀損になるか?

スマートフォンが人々の暮らしの必需品となった現代。インターネットの普及によって生活が豊かになった一方で、ネット上のトラブルも急増しています。
その中でも多いトラブルが、匿名掲示板やSNSなどで他人の悪口を書き込む「誹謗中傷」問題です。

2018年1月には、プロ野球・DeNAベイスターズの井納翔一投手が、匿名掲示板に家族を誹謗中傷する書込みがされたとして、一般人を訴えたニュースが話題となりました。
このニュースは、プロ野球選手である有名人が、一般の人を訴えるという珍しいケースでもありました。井納選手の行動は、ネット上に蔓延る誹謗中傷問題に警鐘を鳴らす行動として、意義のある行動だと賞賛する声も挙がっています。

社会問題化されつつある誹謗中傷トラブルに関係して、今回は「イニシャルや伏せ字、役職や源氏名を利用して誹謗中傷された場合、どのような対処をとれば良いのかをご紹介します。

そもそも誹謗中傷とは?

「誹謗中傷」(ひぼうちゅうしょう)とは、他人の悪口を徹底的に言うことです。

日本の憲法で人々は、「表現の自由」を保障されています。これは、人々は何からも禁止されることなく、言葉や文章などで何を表現しても良いということです。
しかし、他人を傷つける言動や、相手の名誉を下げるような言動は法律違反になる可能性があります。それは、実社会での言葉のやり取りだけでなく、ネット上でのやり取りも該当します。

イニシャル・伏せ字を使っての誹謗中傷

ネット上の匿名掲示板、SNSでの誹謗中傷は、有名人でなくても他人の実名を挙げて悪口を書き込むという悪質なケースがあります。
その他にも、イニシャルや伏せ字で名前の一部 を隠して悪口を書き込むケースもあります。

■イニシャルでの表記例
「浅草にある洋食屋・Tのナポリタンはまずい。この前は髪の毛が入っていた」。

■伏せ字での表記例
「浅草にある洋食屋・○○軒のナポリタンはまずい。この前は髪の毛が入っていた。」

上記の例文のように、店名の頭文字などをアルファベットに置き換える表記がイニシャルです。
伏せ字は、「○○軒」と○(マル)などの記号で店名の一部を隠す表示を指します。

イニシャルや伏せ字を使用して誹謗中傷する心理としては、「さすがに実名で書くと訴えられかもしれないから、とりあえずイニシャルや伏せ字でわかりづらく表記すれば大丈夫だろう。」と、安易な考えでの行為だと予想されます。

しかし、イニシャルや伏せ字で誹謗中傷する相手の名前をわかりづらく表記しても、誰のことを書いているのか特定されるような書き方の場合は、名誉毀損罪などで罪に問われる可能性もあります。

では、イニシャルや伏せ字を使用しても、「人物が特定できる書き方」「人物が特定しづらい書き方」はどのような違いがあるのでしょうか。引き続きご紹介します。

イニシャルや伏せ字で人物特定ができる場合、できない場合

イニシャルや伏せ字で名前の一部を隠し、誰の悪口を言っているのかわかりにくい表記にした場合でも、前後の言葉で人物を特定できる場合もあります。

【人物特定ができると予想される場合】

■「ユ○クロ日本橋店の販売員のY・K」

■「慶○大学経済学部2年のO・M」

上記の例は、人物が特定しやすい書き方といえるでしょう。
企業名や学校名、名前をイニシャルや伏せ字で隠しても、勤務地や学部などの情報を織り交ぜると人物を特定できる可能性があります。

一方で、下記のような表記の場合は、人物の特定がわかりにくいといえるでしょう。

【人物特定ができないと予想される場合】

■「○○株式会社の営業のM・T」

■「○○大学文学部のS・K」

会社名や名前が、イニシャルや伏せ字でほとんど隠され、この書き方でわかる情報は「会社員の営業であること」、「大学の文学部に所属していること」です。これと同じ肩書を持つ人は日本中にたくさん存在し、人物を特定するのは難しいと予想されます。

このように、イニシャルや伏せ字を使用した誹謗中傷で、誰のことを指しているのか、わかるか否かは重要なポイントとなります。
イニシャルや伏せ字を使用した誹謗中傷の場合、人物の特定が、加害者を訴えられるかの基準のひとつとなります。
つまり、加害者を特定できれば訴えることが可能で、特定できなければ訴えることもできません。

源氏名の場合

ネット上で誹謗中傷されてもイニシャルや伏せ字と同様に、人物を特定しづらい表記として「源氏名」があります。
源氏名とは、水商売で働く従業員が、店内で使用する名前のことです。

水商売は、ネット上で誹謗中傷されやすい職業のひとつで、匿名掲示板やSNSでは性的な悪口も含めた悪質な書込みが存在します。

そして、源氏名で誹謗中傷する内容を書き込んだ場合も、人物の特定が可能と判断できる状況であれば、加害者を訴えられる可能性があります。

源氏名での誹謗中傷について、詳細はこちらの記事に掲載されています。

では、ここからはネット上で誹謗中傷した場合、どのような罪に問われるのかをお伝えしていきます。

誹謗中傷で問われる罪

 ネット上で他人を誹謗中傷すると、警察に逮捕されたり、被害者から損害賠償(慰謝料)を請求されたりする場合もあります。

 具体的にどのような罪に問われる可能性があるのでしょうか。

名誉毀損罪

 「名誉毀損」とは、他人の社会的評価を下げる言動を言います。内容が本当か嘘か、相手が個人か企業などの団体かは問われません。

 不特定多数の人が知り得る状況下で、他人の品性や能力を社会的に下げるような言動は、刑法230条で定める「名誉毀損罪」に問われる可能性があります。
 3年以下の懲役50万円以下の罰金と定められています。

侮辱罪

 「侮辱」とは、相手を軽視して、抽象的な言葉で名誉を下げる言動を指します。
 例えば、「バカ」「アホ」「カス」「クズ」「ブス」など具体的には言わずに、漠然とした表現で相手の社会的評価を下げると、刑法231条で定める「侮辱罪」にあたる場合があります。
罪に問われると、拘留または科料に処される可能性があります。

脅迫罪

 「脅迫」(きょうはく)とは、相手を脅し、恐怖を与える行為です。
例えば、「お前を殺すぞ」と相手の命を脅かす言葉を、一言口だけでも発しただけで脅迫罪に該当します。これは本人のみならず、親族への告知も含まれます(第2項) 。

 「生命、身体、自由、名誉または財産に対して害を加える旨を告知」(第1項)と条文には記載されています。これを一つひとつ例に上げると下記になります。
 生命…「お前を殺すぞ!」「娘を殺すぞ!」
 身体…「殴るぞ!」
 自由…「娘を誘拐するぞ!」「閉じ込めてやる!」
 名誉…「世間に公表するぞ!」
 財産…「家に火をつけるぞ!」「ペットを殺すぞ!」
 
 脅迫罪は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金が定められています。

業務妨害罪

業務妨害罪とは、①偽計業務妨害罪と②威力業務妨害罪の2つに大きく分かれます。

①偽計業務妨害罪とは、ウソの噂話しを流して人を欺き、業務を妨害することです。なお、この方法で人の社会的信用を損なわせることも同罪となります。

 この罪は、範囲が広く故意に行った行為が仕事中の人に迷惑を書けた場合、それが悪質と判断されると犯罪が成立します。

 事例として、旅行会社に勤務する社員の男性が、高校の遠足バスを手配することを忘れたことで、生徒を装って自殺をほのめかす手紙を学校に送りつけ、遠足を中止させようとした事件がありました。これは、バスの手配を忘れたミスを隠すためにした行為で、旅行会社社員は偽計業務妨害罪で逮捕されました。

 このように、「バスに爆弾をしかけたぞ!」などの直接的な脅迫ではなく、「自殺をほのめかす」という遠回りの方法で学校の業務を妨げたことも罪に問われることになりました。

 
②威力業務妨害とは、相手を圧倒的な力で押さえつけるような方法を用いて、業務を妨害することです。
 例えば、「市役所に爆弾をしかけたぞ!」と脅し、市役所の業務を妨げる行為などです。

 過去にはこのような事例もあります。スーパーマーケットにゴキブリ数十匹をばら撒いたとして、女性が威力業務妨害で逮捕されました。
 この行為は、ゴキブリを巻き散らかすという直接的で有効的な方法で、スーパーの業務を妨げたため、犯罪が成立しました。

偽計業務妨害、威力業務妨害の法定刑は、3年以下の懲役50万円以下の罰金です。

損害賠償請求

 上記の刑法で定められた罪の他、民法709条が定める不法行為によって損害賠償請も行える可能性があります。

誹謗中傷の被害に遭ったら弁護士に相談

 ネット上での誹謗中傷の被害に遭った場合、どのような行動をとれば、問題解決へ向かうことができるのでしょうか。

 誹謗中傷の内容を、ネット上の匿名掲示板やSNSに書き込むと、前述した通り罪での逮捕、または慰謝料(損害賠償)の請求が可能な場合があります。

 もし、誹謗中傷の被害に遭ってしまった場合は、弁護士に相談することが、問題解決に向けて一番の近道となることでしょう。

弁護士に依頼して出来ること

 誹謗中傷トラブルで、被害者が弁護士に相談することでのメリットを2つご紹介します。

①書込みの削除

 現在、ネット上に存在する多くの匿名掲示板やSNSは、サイトの運営者に連絡し、誹謗中傷の書込みを削除してほしいと依頼することが可能です。

 サイト内の「お問い合わせ」フォームから、サイト運営者に連絡をすることで、弁護士を通さなくても自らで 削除を依頼することができます。
 しかし、サイト運営者は簡単に削除に応じてくれないこと が現状です。

 削除が簡単にできない理由のひとつとして、冒頭でご紹介した「表現の自由」があります。
 つまり、サイト運営者は、利用者がサイト上でどんな内容を書き込んでも、それは「表現の自由」と主張し、削除依頼を簡単に受け入れようしないケースがほとんどです。
 
サイト運営者に、問題のある書込みに対して強制力を持って削除に応じさせるには、裁判で削除の仮処分を下してもらう必要があります。
 裁判となると、やはり弁護士に依頼することでスムーズに物事が進むことが予想されます。

②犯人の特定

 ネット上の掲示板やSNSは、本名を隠して利用できるサイトがほとんどです。したがって、誹謗中傷された場合、誰が書込みをしたのか不明であるという問題があります。

 しかし、弁護士が入ることによって「開示請求」という手続きで書込みした人物を特定できる可能性があります。

 開示請求の手続きの中で、裁判所で裁判を行わなければならない場合もあります。法的な手続きとなるので、弁護士に依頼するとスムーズに物事が進むことが考えられます。
 開示請求について、次項で詳しくお伝えします。

開示請求とは?

開示請求とは、相手が持っている情報を提示させる手続きです。
ネット上の誹謗中傷トラブルについて開示請求する目的は、問題の書込みをした人物(犯人)を探し出す手段となります。

開示請求の具体的な流れ

最後に

 ネット上の掲示板や口コミサイト、SNSは、日常生活の中で円滑な人間関係を作るために抱えるストレスのはけ口になっている側面があります。
 しかし、イニシャルや伏せ字を使用して他人を誹謗中傷しても、誰のことを指しているのか特定できる場合は、被害者から訴えられる可能性があります。

 ここ数年で急速に人々の生活に浸透した掲示板やSNS。私たちは、その向き合い方を見直す局面に差し掛かっているのかもしれません。