ネットの誹謗中傷トラブルのカギ!表現の自由とはなにか?

  • 2018.07.06
ネットの誹謗中傷トラブルのカギ!表現の自由とはなにか?

実社会における友人との会話、ネット上の発言など、日常の中で私たちは、自分の主張をさまざまな方法で自由にすることができます。
また、政治に対する批判的な意見も堂々と述べることが可能です。

日本では、「この言葉を言ったら逮捕される!」なんてことは原則ありません。それは、憲法21条で保障されている「表現の自由」があるからです。

この記事では、表現の自由についてお伝えをします。

表現の自由とは?

「表現の自由」とは、憲法21条1項で保障されており、個人が好きな時に、好きな場所で、好きな方法で、好きなことが言えるという権利です。

また、報道、出版、放送、映画なども含まれます。これらが外部に発表することを、政府が事前に内容を確認(検閲)することも禁止されています。

憲法21条 条文

1項:集会、結社及び言論、出版、その他一切の表現の自由は、これを保障する。

2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密はこれを侵してはおけない。

憲法21条1項に含まれるその他の権利

前述した憲法21条1項の「集会、結社及び言論、出版、その他一切の表現の自由は、これを保障する。」には、表現の自由の他にも、直接保障している権利があります。
以下、ご紹介します。

知る権利

「知る権利」とは、国民が政治や社会についての情報を、何も隠されることなく知ることのできる権利のことです。

前述した表現の自由は、個人や団体(報道、出版、放送、映画)など情報を外部に伝達する側の権利であり、情報を発信する者がいるということは、逆にそれを受ける者もいます。そこで、知る権利は情報の受け手側の権利と言えます。

知る権利に付随するような形で「アクセス権」という権利が存在します。
この権利は、マスコミに個人の意見を主張できる場を提供することを求める権利です。
主張の内容として、例えばマスコミが批判した内容に対して反論することなどがあります。

報道の自由

「報道の自由」とは、報道機関が事実を、国民に知らせる行為の自由を指します。

憲法21条1項の条文に「報道」という言葉は入っていませんが、報道機関の報道は、国民の知る権利に奉仕するものと考えられ、重要な意義を有するものとされています。

また、報道するために必要な「取材の自由」という権利の概念もあります。しかし、この権利は憲法21条1項で直接保障するものではなく、「憲法21条1項の精神に照らし合わせ、十分に尊重する」と裁判所が述べるに留まっています。

集団行動の自由

「集団行動の自由」とは、集会を開いたり、集団で意思や主張を示す「デモ」したりすることを言います。

表現の自由は民主主義の根幹

「民主主義」とは、政府でなく、国民が主権を持つことです。

国民は、国会議員や地方議員を選挙で選ぶことができます。これは民主主義に沿ったものであり、国民は選挙で選ばれた議員を通じて国会や地方議会で権限を行使します。

そして、国民は政治に対して、批判的な意見も含めて自由に意見を言えます。例えば、政府が誤った政策を進めている時、国民が批判的な意見を言うことを禁止していた場合、政策を是正することなく突き進むでしょう。

このため「表現の自由」は、国民が政治に参加するために不可欠な前提をなす権利です。
つまり、現在の日本が採っている民主主義が成り立つための根幹であると言えます。

「表現の自由」と「誹謗中傷」

表現の自由は、実社会だけではなく、ネット社会でももちろん保障されています。

例えば、ネット上のSNSや掲示板に書込みをした経験を持つ人は多いことでしょう。
ネット上に溢れる書込みの中には、普段の生活ではなかなか言葉にできないような、批判的で攻撃的な言葉も存在します。そして、そのような言葉で他人を傷つける場合もあります。
これが、ネット上の「誹謗中傷問題」として、現在は問題視されています。

もちろん、表現の自由では批判的な言葉なども自由に発言しても良いことになっています。
しかし、例えば「○○さんは不倫している」など他人の社会的な名誉を下げるような発言は、「名誉毀損罪」(刑法230条)、「バカ」「ブス」「カス」など抽象的な言葉で他人を見下すような言葉を言うと「侮辱罪」(刑法231条)に該当する可能性があります。

SNSや掲示板に誹謗中傷する書込みがされた場合、被害者はサイト運営者に削除を求めることができますが、運営者側は「表現の自由」を盾にして削除を拒むケースが多いことが現状です。

ネット上では現在、「表現の自由」と、名誉毀損などの「名誉権」を根拠に投稿の削除を求める主張がせめぎ合いとなっているような状況と言えます。

誹謗中傷すると、この法律で逮捕される!?

戦前に表現の自由はなかった?

お伝えしてきた通り、現在の日本は「表現の自由」が憲法で保障されているため、好きな時に、実社会やネット上など問わずさまざまな場所で、自由に発言をしても何からも禁止されることはありません。

しかし、明治時代から戦後まで続いた大日本帝国憲法(明治憲法)では、表現の自由は定められているものの、一部その効力発揮されていませんでした。

このような話を聞いたことはありませんか?
「戦争は嫌だ!」と戦時中に発言した場合、「非国民」と言われ逮捕されたケースがあるそうです。

憲法で表現の自由を保障しているにも関わらず、なぜ逮捕されたのでしょうか。

大日本帝国憲法では、一部の自由や権利は、法律の範囲内のみで保障されているに過ぎず、憲法で定められていたとしても、法律によっていくらでも禁止することができました。
つまり、場合によっては憲法よりも、法律が優先されることが一部であったということです。
これを「法律の保留」と言います。

現在の日本国憲法では、憲法は国家権力対して制限を行い、国民を守るためのルールです。そして、法律は国民に対して制限を設けるものです。
とは言え、法律は憲法のルールをもとに作られるため、国家が国民に対して権力を振りかざすような法律は作られないことになっています。

大日本帝国憲法
(過去)
憲法は、国民の自由や権利を一部保障しているが、法律によっては禁止することが可能。
そのため、例えば憲法で表現の自由を定めていても、法律で禁止することができる。
日本国憲法
(現在)
憲法は、国民の人権を保障するために存在する。
法律は、国民に対して制限を設けるものだが、憲法のルール内で作られるため、国家権力が国民に振りかざされることはない。

最後に

お伝えしたように、表現の自由は、人間が人間らしく生きるために重要な権利です。そして、民主主義国家として成り立つ日本にとっても不可欠な権利であることに間違いありません。

表現の自由は国民を守るための権利ですが、その存在があるが故に、ネット上でいわれなき誹謗中傷を受けて苦しんでいる人も存在します。
この問題は、ここ数年で表面化したもので、法律的にもまだ十分な対策がとれていないとも言えることでしょう。
今後、このような被害に苦しむ人々を救う方法へ向かうことが期待されます。